明後日はお待ちかね、バレンタイン・デイ。
という訳で久々に甘酸っぱいお話でもいかがでしょう。
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いまさら、君の新しい魅力を見つけたって、困ってしまう。
鮮やかな笑顔が黒いふちどりの中で弾けている。
思えば、一緒に写真を撮ったことさえなかったと思う。
ちょこまかと遊び回る君のそばにいつもいたから気付けなかった、君の笑顔のかわいらしさ。
写真の中にいる君のそれは、もう失われることはない。
郁子。
小さく呼び掛けてみる。
返事がないのは、ただのしかばねだから。
あの日…郁子がアナコンダに丸呑みにされた日。
『もって三日』と彼女は言って、それからずっと強酸性の液体と戦い続けた。
ジャングルを抜けるのに二日かかった。
その間も彼女は、獰猛な大蛇の胃袋の中から精一杯の明るい声で、僕に話しかけてくれた。
親戚のミッちゃんが就職浪人という名のニートをしている話、カザフスタンから来日したばかりのケニー氏が日本で感じたカルチャーショックの話、焼きそばの具にパプリカは有りか無しかの私見・・・。
親戚のミッちゃんが子犬を拾った話、その子犬に『ジャッカル』と名付けるまでの紆余曲折、おばあちゃんが『ジャッカルよりジャカルタの方が良い』と言って聞かなかった話、カザフスタンから来日したばかりのケニー氏が昔ジャカルタにいた時のおもしろエピソード・・・。
まずそうなお菓子をおいしそうに食べるミッちゃんの弟の話、今年こそダイエットしたいけど去年も同じこと思っていた話、ハートキャッチプリキュア!がカザフスタンから来日したばかりのケニー氏に与えた影響あれこれ・・・。
『ケニー氏、日本の技術をもってすればプリキュアにだって変身できるはずだ!って、いっつも言ってたなぁ。ふふっ、おかしいよね』
郁子はそう言って、それきり黙ってしまった。
それが僕の聞いた、彼女の最後の声だった。
動物検疫に思いの外手間取って、ジャングルを抜けてから更に三日、郁子がアナコンダの胃袋に納まってからは五日たった、日本へ向かう飛行機の中だった。
人目をはばからず泣いた僕を、『男らしくないね』なんて茶化す彼女はもう、いない。
上等な木箱の中に横たわる巨大アナコンダ。
そしてその胃袋の中に郁子はいる。
僕はちょっと離れた席で、彼女が入っている大蛇の入っている箱を眺めている。
どれぐらいそうしていただろうか、いつの間にか通夜の時間になっていたらしく、ゆっくりと住職が現れた。
淡々と時間は過ぎ、郁子との別れの儀式も淡々と進んでいく。
住職がお経をあげる声も、僕の耳には届かない、ということもなかった。
気付いて、しまったのだ。
『この声は・・・!』
思わず立ち上がる。
「あれ?ご焼香にはまだ早くね?」そう言いたげな顔で隣の人が僕を見る。
確かにまだ、ご焼香をあげるにはまだ早いかもしれない。
だがしかし、ついついご焼香ではなくて声をあげてしまう出来事が起こったのだ。
『この声・・・郁子・・・!』
聞き覚えのある、優しい声。
芯のあるようで柔らかく、ちゃんと耳を傾けなければ聞き逃してしまいそうな、透き通る音色。
軽やかであり、しなやかであり、しかしあまり抑揚のない、僕をからかっているかのようなしゃべり方。
『住職・・・いいや、郁子・・・郁子なんだろ!?』
それでもお経をあげ続ける住職。
思い違い・・・?いや、そんなはずは・・・!そう思った瞬間、弾け飛ぶ木魚。
木っ端が乱れ飛び、住職の握っていたバチは衝撃で吹き飛ばされて天井に突き刺さる。
そしてその中からアクロバティックに飛び出してきたのは、他でもない郁子だった。
『たっくん・・・惜しいっ!』
嬉しそうに、しかしちょっと寂しそうに微笑みつつ着地を決める郁子。
『郁子・・・郁子!木魚だったなんて!』
裏をかかれ不覚を取られた僕と、驚いて言葉を失う郁子のご両親。
それでも動じずお経をあげ続ける住職は、きっとかなりの猛者か、それでなければ事前に打ち合わせ済みのはずだろう。
郁子・・・なんて人だ・・・!やはり僕の恋人、一筋縄ではいかない・・・!
参列者の目もはばからず僕たちは抱擁を交わしながら、そんなことを考えていた。
(これ一体何の茶番だよ・・・)
お通夜の会場は一転どころか一回転して、すさまじいお通夜ムードにつつまれていた。